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アロマの本

Valerie Ann Worwood "The Fragrant Mind" 精油を人に例えると

更新日:

音楽を聴くこと、本を読むこと、その他いわゆる芸術に触れることって、普通に暮らしていたら湧くことがない感情を借りてくること、或いは時分では到達できない世界をかりそめながらも眼前に降ろしてくることだと思う。

なんでこんなことを思ったのかというと、この本を読んでいるからだ。

The Fragrant Mind (英語) ペーパーバック
Valerie Ann Worwood (著)

アマゾンのレビューによると、全部ではなく一部抜粋して訳されているみたいなのですが、日本語訳も出ています。

 

この本には45種類の精油について、まるで人物紹介のように基本的な性格や物事に対する行動の傾向などがコト細かに書かれている「精油の性格について」という章があるのだけれど、その描写があまりに具体的で、精油のこととは思えないぐらい人物像が立ち上がってくる。

ひどおもしろかったのはマージョラム。

例えば私がアロマテラピーインストラクター試験の時に使った教科書だと

心と体を温める精油。心身の緊張およびそれに伴う不眠、筋肉痛、腰痛、消化器系の不調に適用

ぐらいが記述としてあって、先生が補足として「循環は上げるがその他の動きは下げる」とか、「副交感神経を優位にする」と説明してくれました。

つまり、マージョラムは攻撃性は低く癒してくれる作用があるのね、と理解していたんです。

 

現実的な作用が中心の資格テキストから、もう少しスピリチュアル・心理的な解釈に寄った本『スピリットとアロマテラピー』では

リラックスさせ、温め、なぐさめるマージョラム油はこのようにして心理のそれぞれの要素に働きかけます。妄想にかられる心を鎮め、感情的な飢餓感をなだめ、内面を滋養する能力を高めます。

スピリットとアロマテラピー―東洋医学の視点から、感情と精神のバランスをとり戻す

というふうに、教科書的な解釈に書かれているような体の不調の裏側にありそうなココロの動きに焦点を当てながらも、大筋おなじようなことが書かれている。

不眠や緊張の理由が、感情の飢えや恐れから来ているのを温め慰めてくれるというのだ。

 

それがこの本だと、では一体「どうやって」「どんな人である」マージョラムが私たちを鎮め、なだめ、滋養してくれるかを書いてある。

はじめの方は

「息長く、安定した友人関係が築ける」

とか

「感情をひけらかすことがない」

などポジティブな目線が中心で、なるほどこちらの感情に長期間寄り添えるような性格なんだな、と理解できる。

普通のアロマの本だとだいたいここで終わるのだけれど、そこから一歩踏み込んだ性格描写がこの本のおもしろいところだ。

引用だと長いのでまとめると、

【他人優先】

  • マージョラムはお金を貯めこんだりはしない。自分のためではなく他人に使う。
  • ジャスミンみたいな人が服を買うために貸してしまったり、カルダモンのために冷蔵庫をいっぱいにしておくために使う

【尽くすけど感謝されない】

  • でもその気前の良さは周囲には当たり前だと思われ感謝されることは少ない
  • 感謝されないことで落ち込む
  • 他人が当然の権利のような顔をしてマージョラムの家を訪れるが、他人はマージョラムを招き返すのを忘れてしまう

【誠実だけど地味】

  • 1日3回歯ブラシを使うけれど、その時しか思い出さないのと同じー必需品だけど特別ではない
  • もし恋人だったら、優しいし紳士的だけど性的魅力は望めない

【質素】

  • 住まいがボロでも気にならない
  • 30代で気に入った服を年寄りになっても着続けている。できるだけ長持ちさせることが喜び

真面目で質素に他人に尽くしながら暮らす、面白みはないけれどしょっちゅう人に頼られる人、それがマージョラム。歯ブラシのくだりとか恐ろしいとは思いませんか。

1つにつき2ページぐらいなのだけれど、こんな調子でえんえんと何十種類もの精油のプロフィールを読み続けていたらちょっと気分がおかしくなってきた。

精油のことであるのに、読み進めていくうちに人間関係の輪ができてきてしまうからだ。
45人全部違う個性の人が出てきたら、もうそれ村だろう。
小説だって多くて7~8人ぐらいで回していく現代、数十人出てくるなんて神話かなんかか。

そんな人間模様のパーツ群を植物世界の中に俯瞰しているかのような本を、ヒューマンビートボックスとして音のパーツをみんな自分で作ってつなげて演奏するDub FXの音楽を聴きながら読んだもんだから、沸き上がる感情は自分の中にあるものが立ち上がってくるのではなくて、どこかのすぐれた他人(又は神)が集めてどうにか降ろしてくれたものなのかもしれないと思って冒頭に返るわけです。

このMahesh Vinayakramの声の伸びはとても素敵。背景の夕暮れにとても合う。

叙事詩『オデュッセイア』は「ムーサよ、語れ」で始まるムーサ神(いわゆるミューズ)が降りてきてくれたことの受け皿だったみたいに、なんかもう世界はきれいで面白いから、ただ受け取ればいいんだなと思います。
この本の著者にも、この曲を演奏している人にも、どちらにも神が降りてきており、私はただただ楽しみました。

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